サッカーコーチの言霊

三木さん。
少年サッカーに携わり、走り続けて、
はや30年。
サッカーという人生の学校で子供達
と真剣勝負の中での心を抱き締める
言葉をつづる。

好きなことで食べていく難しさ…

人は皆、好きな事を仕事にして食べていけたらどんなに幸せなのだろうとつくづく思うようになった。


特に最近感じるようになった。


私が長年に渡って、好きなことをして、好きなサッカーをやって今まで、食べてこられたことに感謝しなければならない。


ボランティアの地域チームではなおさら難しいのはなおさらである。


スポンサーでもつかない限りは無理である。


今では、サッカーだけでは生活が出来ないので平日はサッカー以外の仕事もしている。


なかなか五十になるといろいろ制約もあって世の中厳しいのを肌で感じる。


今は、違う仕事の中で、日頃は子供達の前では偉そうなことを言ってるが、今は仕事先の上司に怒られていたりもする。


そう思うと日曜日のお父さんコーチには頭が下がる思いである。


サッカーで食べていくプライドみたいなものがあるが、今は辛いが現状を受け入れて、前に進むしかないと思えるようにようやくなってきた。


一つの地域、チームに約30年やってきて、次は人を残すのが私の大きな仕事である。


今は、私に力がないのか、まだ人を残せていないので、人が残せたら役割は終わると思っています。

三木です!

この度は私のブログをご覧頂きましてありがとうございます。


三木と言います。


私は少年サッカーのコーチになって早、約30年近くなります。


そのほとんどを杉並シーダーズというチームと地域のトレセンで情熱をかけて現在に至ります。


30年近くやってきてまだまだ勉強中です。


最初の10年は無我夢中で必死でした。

チームは始めは人数が少なくてめちゃめちゃ弱かったのが実情です。


新しいものにどんどんチャレンジして、沢山素晴らしい指導者の真似をひたすらしていたように思います。

まだまだ青く試行錯誤だった時期でした。


20年経った時にようやくいろんなことが見えてきたような気がします。


よく職人は20年やり続けて、ようやく一人前と言われますが、なんとなく少しだけわかるような気がしました。


私が職人ということではなく、職人さんのプロ意識が常に求められると思っています。


プロを育てたい。

そんな思いはあったとしても、それはおこがましいことかもしれません。

そんな意気込んでも仕方ないことというよりコントロール出来ないもの。

最後は本人。


また全国大会を目指す。

これも行けるのならだ。

これも、しかり、行くならトコトンやらなければ地域のチームは絶対無理です。

とことんの中に妥協はないので今の多様な親御さんの中にあってはたぶんインポッシッブルドリームである。


ただ小学年代は普及、育成でもあるのも事実。

それ故に人間育成がすごく重要になります。


たぶんどれも正解である。


広く深くは追求は不可能。

広く浅くはある意味必要だが何者にもならないだろうなと思う。

やはり狭くともこだわりもって深く追求しなければならないのだろうと思える。